
こんにちは 新年明けましておめでとうございます。
昨年末は慌ただしく、一年の振り返りやご挨拶のブログも書くことができずにおりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
新しい年の幕開け、2023年はどんな年になりますでしょうか?
赤光を放ちながら到来した元旦の太陽を見るにつけ、やはり今年はなかなかに厳しい年となりそうな。。。世間的にはここまでが序章、これからが本番なのでは。。という感じが、個人的にはしています。
大変化の中に生きる「大人」である私たちは、未来に向けて、次世代に向けて、自分に何ができるかをますます真剣に考えてゆかなければならないでしょう。執着から解き放たれなくては、良き思考を働かすことはできません。
この年末年始は、「バガヴァッド・ギーター」を手に取ることが多くありました。
ギーターの中から今日は、「神性」とは、また「魔性」とはどんなものか?を少し書こうと思います。(そういえば、2022年度版へとリニューアルした「リリス・リリース」の説明でも、「魔性」という言葉を使っていましたね。)
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一 【至上者語る】
無恐怖 清らかな生活
霊的知識の養成 研究 慈善
自己抑制 供儀 経典・聖典の学習
性的清浄 簡素な生活
二
非暴力 正直 怒らぬこと
離欲 平静 他人の欠点を探さぬこと
口うるさく小言を言わぬこと 生き物に思いやりを持つ
物事を熱望しない 柔和 謙遜 果断
三
気力充満 寛容 不屈 清潔
羨望心や名誉欲がないこと ー
アルジュナよ 以上のような高貴な性質は
神に向かう人々に属するものである
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ギーターでは、このような性質を「神に向かう人々に属するもの」として書かれています。
このような性質は、ロゴス(神)とともに働くヒーラーにはもちろん求められる在り方ですが、波動の急激な上昇中にある今の時代では、全ての人類にもある程度求められているのかもしれません。
また「魔族」については、ほんの一部だけ抜粋すると、
・・・・・・・
魔族の者たちは ー為(す)るべきことと
為(し)てはならないことの区別を知らない
清らかさも無く 礼儀もわきまえず
不誠実 不正直である
・・・・・・・
とあり、その後も長々と詳細に「魔族・魔性」についてのお話が続くので、ご興味の方はぜひお手にとって読んでみていただきたいのですが、、
読んでいて思うのは、「魔性」とは普通の人々の中に在るものだということ。
多くの企業も、政府も、マスコミも、文化でさえ、みな声高に「魔族」になることを勧めてくるし、一般的なスピリチュアルだって、もしかしたらほとんどが「魔族」となることを勧めてきていやしないか?と疑えてくるでしょう。
まずは、私たちがそのような仕掛けの世界に生きているという現実を知らなくてはなりません。
割合は様々ですが、人間とはこの神性と魔性を合わせ持つ存在なのだということ。
そして誰もが、多くの転生をかけて「魔」の性質を薄めるよう学びを続けている。時には事故や病、困難などを引き寄せながら、改善のチャレンジを試みているのが、この世に生を受けた人間という存在です。
以前にTwitterで呟きましたが、ヒーラーとは「闇払い・魔払い」なのだと悟った時がありました。内外の「魔」の働きを休むことなく見つめ続け、「神性」の目覚めを信じる。
それには、世界を、人間をよく知らなくてはなりませんし、不屈の愛と信頼を持たなくてはなりません。今年も、多くのことに関心を持って、喜びとともに、魂の学びを進めてゆこうと思います。

「バガヴァッド・ギーター」は、魂が囚われた3つの質・トリグナ(サットワ・ラジャス・タマス)についても、とても具体的に書かれていますし、読みやすい本なので、ご興味がありましたらぜひ一度手にとって読んでみて下さい。
それでは、本年もどうぞよろしくお願い致します。
by Yew
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